理想と現実を埋めるもの

四半世紀よりももうちょっと前、社会学を学ぶ学生でした。

日々の暮らしに追われてすっかりご無沙汰していたけれど、

最近、ふとしたとことで社会学に触れてとりとめもなく思ったことなど。


人間はひとりひとり違う特徴を持っている。

それらが何らかの理由で集団を作るのだと思うが、その特徴や傾向を統計やフィールドワークを通して解き明かし、他者とのつながりで構成される「社会」というものを様々な観点から研究するのが社会学だと遠い昔に授業で聞いたことがある。(今もそう捉えられているのかわからないが)

当時そういう意味で、社会科学のみならず、哲学、心理学、歴史、人類学など広い領域に関わる学際的な学びがあると思った。(ただし、他の学部生から見たらそれは「浅く広い」学問に見えたようだった)教授によれば、社会科学はどれも人間を主な対象とするのだが、例えば哲学は個人を、心理学は医学的な見地から研究するものと聞いた覚えがある。


社会学は人間の普段の営みというやや俗っぽいと思われがちな内容を掘り起こすことが多いし、関わる領域が広くてなかなかまとめにくい気がしていた。また、無理やり結論を出そうと思うと色々すっ飛ばした感もみられてアカデミア的ではないと思われがちなのかしら。(社会学は他の社会科学の領域では比較的新しい学問なので、学問的に地位が低いのだと当時の教授から聞いたことがある。)また、「浅く広い」捉えどころがないので理解されにくいところもあるのかもしれない。実際、学生時代には他学部の友達に「社会学ってなにやるの」と聞かれたことが何回かある。

どちらかというと、社会学は今起こっている現象の掘り起こしをして問題提起を含んだ途中経過のまとめや解決への方向性を研究する学問なのではないかとひとり勝手に思っていたが、それでは論文は書きにくいのかなぁ。

理念と現実のギャップがありすぎる時代、社会学はそれらを埋める隙間産業のような役割も持っている気もする。(以上、全くの個人の思うところで、文章に関する責任は追いかねます。)

参考

http://academic-soc.jp/about/yurai/

 *******

昔から人々は物を作ることによって理想と現実のギャップを埋めていたのではないか。

あるときは汗をかき、あるときは黙々と作りながら。

絨毯やキリムを織る人々もまた同じく。

特集記事
近日公開予定
今しばらくお待ちください...
最新記事